人生の答え
人が生きる中で思い悩んだ時、宗教では聖典にその悩みの答えがある、書かれていると言われる。
『テニスの王子様』の原作漫画にも似たようなことが起こる。
漫画の中にその時々の人生に響くシーンや登場人物に出会うことができる。
人生のステージが変わったり、その時々の悩みを持ったりして漫画を読むと、その時その時で惹かれるキャラクターがいる。
少年漫画とは、自己投影とカタルシスである一面を持つ。
登場人物に自分自身を重ねてそのキャラクターが作中で活躍し、成長する様に救いを見出す。華やかな言葉で記述すれば、キャラクターの活躍に元気をもらい、勇気付けられるのである。
だからこそ主人公をはじめとした登場人物には、読者がその心理に共鳴するような、シンパシーを感じやすい人格の設定やリアリティーが必要であり、親しみやすさが必要なのである。
一般に広く少年漫画のイメージとして語られる主人公像:"特別に目立つ才能がもとからある訳でもない男子が人生のアドバンテージが無い状況下から努力や周囲の助けにより勝利や成功を収める"という姿は読者を漫画に共感させて感動させることに適した法則なのである。
自己同一性確立の入り口に立ち始めた明確な自己表現はまだ難しく時として自己卑下をしてしまう少年という年齢層の人生への絶望を取り払い、根拠の無い希望を抱かせることができるキャラクターこそが魅力的なのだ。
少年漫画で人気投票をすると主人公が人気No.1になる場合が多いのは、恐らく読者の共感をより集めて、読者を最も勇気づけることができたキャラクターが主人公であるからであろう。
一方で、200人を超えるキャラクター数を有し、主人公以外の人気キャラクターが多くいる『テニスの王子様』だが、それはつまり、読者の自己投影とカタルシスを引き受けることができる主人公以外のキャラクターが数多く描かれているということである。
主人公一人が読者のカタルシスを引き受けているのではないのである。
詳細なパーソナリティーの設定と、主人公以外の、場合によっては主人公が所属していないチームの選手の、試合描写によって、読者が自らに惹きつけることができるキャラクターが多様に存在するのである。
人は多様だ。
自分と他人も違う。
一人の人間であっても時が経つと感受性や考えが変わることだってある。
世界の真理は存在するのかもしれないが、そこにたどり着くまでの日々は人それぞれだ。
様々なキャラクターに詳細な設定が与えられて、生き生きと描かれる『テニスの王子様』は、その"人の多様さ"を受け止める。
だから、惹かれるストーリーやキャラクターを認めることは、自分の変化を知ったり、他人の感情を知ったりすることにもなる。
それは"答え"とまではいかないかもしれないが、人生に悩む時、そこに寄り添い一緒に戦ったり、時には乗り越える姿を見せてくれる王子様がこの漫画の中にいるだろう。
ちなみに余談だが、「人生、宇宙、すべての答えは42」(※)であるのだが、原作漫画テニスの王子様は全42巻である。
何を言いたいかと言うと、まあ、そういうことである。
これが偶然なのか必然なのかは作者である許斐剛のみぞ知るのであろう。
※ダグラス・アダムス著「銀河ヒッチ・ハイクガイド」"Answer to the Ultimate Question of life, the universe, and everything"より