超解釈テニスの王子様  人生哲学としてのテニプリ(namimashimashiのブログ)

人生への圧倒的肯定を描き出す『テニスの王子様』と、その続編『新テニスの王子様』についての個人的な考察を綴ります。 出版社および原作者など全ての公式とは一切の関係はありません。全ては一読者の勝手で個人的な趣味嗜好です。 Twitterアカウント:@namimashimashi

「ギリシャ戦が面白い」と言いすぎて理由を書くよう勧められたので

ギリシャ戦は面白い。

『Bloddy Dance』/遠野篤京

遠野篤京の「Bloody Dance(アニメ「新テニスの王子様」) - Single」をiTunesで

と『閃きCHAY BOY☆』/種ヶ島修二

種ヶ島修二の「閃きCHAY BOY☆(アニメ「新テニスの王子様」) - Single」をiTunesで

を聞きながら読むともっと面白い。

越知月光のギリシャ戦モチーフ楽曲が2020年9月22日現在で未だ無いのが残念極まりない。

2020年2月20日に『新テニスの王子様 We LoveテニプリCh #15〜平等院・鬼がやってきたSP〜』で平等院鳳凰役:安元洋貴氏と鬼十次郎役:遠藤大智氏がフリートークで「ギリシャ戦は面白いと思いますよ」とniconico生放送の視聴者コメントを拾って会話が続いたくらいには面白い。

なお、平等院も鬼もギリシャ戦には出場していないキャラクターだが、この評価である。

ギリシャ戦は面白いのだ。

 

さて、閑話休題

 

この「ギリシャ戦が面白い」について掘り下げて考えてみた。

 

 

Young Men's Christian AssociationことYMCAは、その正章ならびに略章に「精神(心)spirit」「知性mind」「体body」を掲げ、この3つが調和した全人的な人間を育成するシンボルとしている。(東京YMCA. "YMCAとは". 

https://tokyo.ymca.or.jp/about/ , 広島YMCA. "YMCAのロゴについて".

http://www.hymca.jp/about/logo.html , 鹿児島YMCA. "YMCAについて". 

http://kagoshima-ymca.org/?page_id=41 , (2020-09-22))

注釈)なお、YMCAは2017年10月にロゴとスローガンを新しくしている。詳細は日本YMCA同盟のWebサイトや全国各地のYMCAが発信している情報を参照されたい。

 

 

この「精神(心)spirit」「知性mind」「体body」になぞらえて読むと非常に面白い団体戦が『新テニスの王子様』にある。

18巻&19巻Golden age178〜195のvs ギリシャ戦だ。

 

第1試合〜第3試合まで「精神(心)spirit」「体body」「知性mind」の順に展開される。

以下、各試合を簡単に紐解く。

 

 

・「精神(心)spirit」

第1試合 ダブルス2 タラッタ・ヘラクレス&パパドプーロスエヴァゲロス vs 越知月光&大石秀一郎

最初は『無邪気なしっぽ(アベレース・ケルコス)』と『マッハ』のサーブ合戦に加えて大石の領域(テリトリー)と『蜃気楼は語る(アンディカトプリズモス ディエルケスタイ)』で技の見せ合いで始まる。

その後、試合中盤4-4時にヘラクレスの『オリンポス 白銀の光(レウコンアルギュロスポース)』と越知月光の『精神の暗殺者(メンタルアサシン)』発動から精神面での潰し合い合戦になっていく。

キーポイントは、敵にも味方にも精神的重圧をかける越知月光の『精神の暗殺者』への対応だ。ヘラクレスの『オリンポス 白銀の光』は精神攻撃系ではなく、自らの身体能力を覚醒させる技である。

エヴァゲロスと大石の中学生二人はどちらも越知月光の『精神の暗殺者』の重圧は耐えられない。

一方でヘラクレスについて、自身は、越知の『精神の暗殺者』には『オリンポス 白銀の光』で覚醒させた身体能力で対応できるが、その後の大石の大和魂の前に精神的重圧がかかり迷いがでてしまい、互角だった技の打ち合いに競り負ける。

ここでは時系列が重要である。

・技同士はほぼ互角

・越知月光の『精神の暗殺者』への対応方法

・『精神の暗殺者』から生き残った者同士対決で大石が仕留める

この三段階の順番がどれか一つでも入れ替わると違う展開になっていたであろう。

総括すると、越知の能力『精神暗殺』で確実に1人を仕留め、相手の攻撃で精神が殺されず生き残った大石の日本ペアの勝利、となる。

 

・「体body」
第2試合 ダブルス1 アポロン・ステファノプロス&オリオン・ステファノプロス vs 遠野篤京&切原赤也

言わずもがな、誰が見ても視覚的に分かるであろう物理的な身体攻撃での潰し合い試合。

血飛沫が舞う処刑対決。

処刑法は、遠野もステファノプロス兄弟も身体への物理攻撃だ。

ゲームカウント4-4の時に、兄者アポロン介錯完了と遠野の限界で互いに1人ずつ動けなくなるも、残ったもう1人のダメージが日本の方、つまり電気椅子1回で眠らされていただけの切原赤也の方が、介錯を残すのみまで処刑法を喰らっていた弟者オリオンに比べてダメージが少なかった。そこに能力ブーストの悪魔化が加わり勝負有り、となる。

この試合の決着については、直前まで有利を確信していた弟者オリオンが、突然の形勢逆転かつ1人残されたかつ悪魔を相手にする展開に、大いに焦り、精神的にもノックアウトを喰らってまともに動けなくなった。という見方もできるだろう。

また、人間の処刑法では悪魔は処刑できなかった、と見ることもできるかもしれない。

いずれにせよ肉体攻撃の物理的な潰し合いとなった試合である。

 

・「知性mind」
第3試合 シングルス3 ゼウス・イリオポウロス vs  種ヶ島修二

「知性mind」としたが、「精神(心)」と「体」ではない人間の構成要素であり、精神(心)spirit・知性mind・体bodyを心・技・体にすると"技"にあたる試合。

名前の通りの"オールコントロール"試合の全てを支配する能力持ちの全知全能ギリシャ神話の神々の王であるゼウス神に対抗する、無効化能力持ちの種ヶ島修二、な構図となっている。

ここでキーポイントになるのが、種ヶ島の無効化技の名前が仏教用語の『已滅無』を採用されているところだろう。

見方によっては、ギリシャ神話vs仏教の様相を呈している。

つまり、人間の信心的な部分の概念を能力にしている者同士の試合になっている。

結局、試合自体は、"無い"ものは"支配"できないということで種ヶ島に軍配が上がる。

付け加えて、この試合が上手いのは、上位概念の捉え方をすると思想系能力バトルだったにも関わらず、というよりも、"だからこそ"、かもしれないが、優劣ではなくて『無』vs『支配』といった相性で勝敗が決まったように読むことができるようになっているところだと思う。

 

ちなみに、余談だが、西洋系思想において「無」が語られていることはほとんど無い。西洋思想では「有」が先立つことが主で、「無」は概ね「有」の対立概念否定概念程度である。東洋やインド系統の思想のように「無」そのものについて論じたりしていない。

 

 

ギリシャ戦は、全人教育が目指す人間像、すなわち、知識・感情・意志の調和のとれた人、the whole person, all-rounded personを構成する人間の全部の要素を分解して全三試合に分配した団体戦だと読むことができるだろう。

 

文字通りの"人間"ドラマになっている。

 

 

そして最後に述べておきたい以下個人的な感想。

 

無印の『テニスの王子様』の頃から引き継がれている部分ではあるが、『新テニスの王子様』の一番面白くて上手なところはこの上位概念が作中で言語化されていない部分だと思っている。

登場人物たちは「これは精神の闘いだ」といった内容はセリフやト書きで言わないのである。

あくまで、彼らは各々のテニスで試合をして、自分のテニススタイルで勝利を目指して、結果的にテニスの試合の勝ち負けがついているだけなのである。

メタ認知しようとすると思想的なぶつかり合いに見えなくはないものが、表現の次元で純粋なバトル漫画に落ち着いている。

この、ある意味での"はぐらかし"が、各方面への配慮が求められる現代において世界大会編を大々的に展開することができる一面なのではないかと思う。