超解釈テニスの王子様  人生哲学としてのテニプリ(namimashimashiのブログ)

人生への圧倒的肯定を描き出す『テニスの王子様』と、その続編『新テニスの王子様』についての個人的な考察を綴ります。 出版社および原作者など全ての公式とは一切の関係はありません。全ては一読者の勝手で個人的な趣味嗜好です。 Twitterアカウント:@namimashimashi

キャラソンとの親和性

テニスの王子様はキャラクターソングと親和性が高いのだ。

テニプリフェスタ等で舞台上でキャラクターソングを歌う声優を通してファンはそのキャラクターが生きている様を見る程の力を持つ。

2002年7月に主人公越前リョーマのキャラクターソングがリリースされてから15年間で世に出たキャラクター及び許斐先生名義の楽曲数は731曲(2016年10月テニフェス2016時点。"テニプリソング"という呼称)。なお、CD数は411タイトルがリリースされている。正直、到底理解のできない次元に及んでいる。

 

歌には人間の内面を紡ぎ出す側面があるが、作り込まれたキャラクター設定が深堀りできるほどの人間性を与えているため、歌に乗せる主題が各キャラにある。それも、人間的な内面の複雑性も備わっているため、一人一曲分以上の主題があるのだ。

さらには、固定ダブルスペアとなるキャラクター同士でのデュエット曲にしても、各ペアに固有の人間関係があるため、歌の主題はここにも存在する。

そして、テニスの王子様においては、各キャラクターが所属する学校毎にも制服、校風、生徒規模などの詳細設定が決まっており、多様な学校色が見受けられる。この各校のカラーの違いと濃度はやはり歌にするのに最適なものになっている。

すなわち、

「200を超える膨大なキャラクター数(2016年1月許斐先生ワンマンライブのライブグッズ缶バッジ種類数に因る)」×「それぞれのキャラクターに与えられた詳細な設定」=「多種多様な膨大なキャラクターソング」

という式が成り立つのだ。

 

また、人生への圧倒的肯定を描き出す『テニスの王子様』では、試合描写において、それぞれの王子様の生命が一番輝く瞬間が描かれている。試合は、魂と魂のぶつかり合いであり、描かれているのは王子様達の生き様そのものなのである。

それが、演技を生業とし、自らの声で生きている声優であるキャスト陣にとって、声で魅せる歌での表現は、作品中の王子様達が魂を剥き出しにする試合の瞬間と重なるのである。

だからこそ、ファンは"テニプリソング"を歌う声優キャストを通して生きる王子様の姿をそこに見つけるのだ。

 

"テニプリソング"は王子様達それぞれ個人の内面や人間関係を描くことに加え、ストーリー中の王子様と重なるような声優キャストの生き様と力が乗ることによって、そこに宿る生きるエネルギーやオーラをも伝える存在として、テニスの王子様世界をより深く色鮮やかにしている。