閑話_テニフェス・ドリライ・おてふぇす(VRライブ)
ドリライは楽しかった。
おてふぇす(VRライブ)も楽しかった
それでもテニフェスが観たい。テニフェスに行きたい。
どうしたってテニフェスに行きたいのだ。
私達はテニフェスに何を観に行っているのか。
それは、"愛"を観に行っているのだと思う。
私達のキャラクターやテニプリへの愛が受け入れられ、肯定され、そして、その私達ファンの愛を時には上回るほどの声優キャストの愛を観に行っている。
誰一人として脇役の意識ではない、全員が全員、それぞれのキャラクターとまっすぐに向き合って誰もがその人生の主役の意識でキャラクターの声を担っている。
そのキャストが50人60人と集まってそのパワーと愛情を見せてくれている。
これほどに肯定感のあるエネルギーが発せられている空間が他にあるだろうか。
おてふぇすに行って感じた「キャラクターが生きていた。それも"生きているように見えた"ではなく、"今までもずっと生き続けていた人がステージ上に立った"」という感覚を生身の人間からも錯覚できるほどの力がテニフェスにはあると思っている。
だから、私は、テニフェスに行きたい。テニフェスが観たい。
テニフェス、ドリライ、おてふぇす(VR)、全てのテニプリのライブで感じるのは"愛されていてる"実感だ。愛されているのは、キャラクターであり、テニプリを愛している私たちである。
VRキャラクターでライブできるなら、テニフェスもドリライも開催する意味あるのか(特にテニフェス)?という疑問も湧かないこともないが、それは違うのである。
キャラクター本人が出演するのではない、テニフェス、ドリライは、キャストのキャラクター愛テニプリ愛を再確認し体感する場所だ。愛されていることを体感するための空間だ。
この愛に溢れた空間は、いわば"許斐剛マジック"とも呼んで良いのではないだろうか。
舞台から感じるキャストのキャラクターやテニプリへの愛がもたらす気持ちは、主人公越前リョーマの名台詞の一つ「強くなりたい もっと… もっと‼︎」という気持ちだ。そして、そのもっと強くなるための推進力と前進する心身共のパワーを目撃して、観客は受け取っているから、いつも人生の隣を歩いて見守る王子様の存在をより強く感じることができるのだろう。
ちなみに、おてふぇすでテニミュ初代跡部景吾役を演じた加藤和樹氏がVR跡部景吾とデュエットをしたように、私はいつかアニメとミュージカル含めた全ての演者が、自身の演じるキャラクターのVRと対面・共演する瞬間を目撃してみたいと思っています。